Y. Kobayashi - 研究概要


  私はこれまでに、金属多層膜やウラン化合物における巨大磁気抵抗効果(GMR)に関する磁性と電子輸送現象(電気抵抗、ホール効果、熱電能、熱伝導度な ど)の研究や、酸化物磁性体における磁性と電気伝導特性の磁化測定、NMR、電子輸送現象による研究を行ってきた。以下にいくつかの研究例を紹介する。

   金属間化合物の巨大磁気抵抗効果

 層状構造を持つ金属間化合物 UNiGaやFeRh金属間化合物のGMR効果の機構は、金属多層膜のGMR効果との類似性を議論されながら明白にされていなかった。私はこれらの物質で のホール係数、熱電能、比熱の研究を行なった。その結果、GMRの原因がメタ磁性転移にともなうフェルミ面の変化であることを解明した。(Y. Kobayashi, et al. : Phys. Rev. B 54 (1996) 15330-15334., Y. Kobayashi et al. : J. Phys.: Condens. Matter. 13 (2001) 3335-3346.他)

   Co酸化物磁性体のスピン転移と電気伝導現象

 (1)  LaCoO359Co-NMR

 RECoO3 (RE: 希土類元素) のCo3+は、低スピン(LS)状態から中間スピン(IS)状態、高スピン(HS)状態へとスピン転移を示すといわれているが、その実験的根拠は多結晶試料による巨視的な測定によるものしかなかった。LaCoO3において、純良単結晶試料による微視的な測定によりスピン転移の証拠を得るため、私はLaCoO3の単結晶を作製し、59Co-NMR測定を行った。スピン-格子、スピン-スピン緩和率(T1-1とT2-1)の温度依存性の解析から、低スピン、中間スピン状態間のエネルギーギャップ(約200K)を明らかにした。また各遷移のT2-1の値の解析から59Co 核の緩和は中間スピン状態のCoイオンの磁気モーメントのゆらぎによるものであることが分かった。これらの結果はいずれも我々の提案している2段階スピン 転移モデルを支持するものである。(Y. Kobayashi et al, : Phys. Rev. B62 (2000) 410-414.他)


 (2) LaCoO3のキャリアドープ効果

 La サイトにSr等の2価イオンをドープすることにより低スピン状態が消失し、中間スピン状態が基底状態となるが、この原因として、これまでは格子体積増 大の効果しか議論されていなかった。私はイオン半径の小さいCaをドープした試料において格子状数、磁性、電子輸送現象、比熱等の系統測定を行い、中間ス ピン状態安定化には格子体積増大よりもキャリア導入の効果が重要であることを明らかにした。また、電子ドープを目指してCoサイトにNiをドープしたとこ ろ、ホール係数は負、熱電能は正という一見矛盾した結果を得た。これを、キャリアホッピングの経路の違いによる者として説明に成功した。(Y. Kobayashi et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 68 (1999) 1011-1017., K. Muta et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 71 (2002) 2784-2791.他)


 (3) La1-xPrxCoO3のp-f混成効果と化学圧力効果

  • La1-xPrxCoO3単結晶試料を作 製し、その磁性と電子輸送現象を系統的に研究した。電気抵抗測定から、REサイト置換により、キャリア数が増大する、またはポーラロンホッピン グ伝導の活性化エネルギーが減少する、といった効果があること、熱電能およびホール効果測定からLaCoO3へのPr少量ドープにより負符号のキャリア、 PrCoO3へのLa少量ドープにより正符号のキャリアがドープされていることを示唆する結果を得られた。これらの実験事実を、Pr-4f軌道がO-2p 軌道を介してCo-3d軌道と混成することにより、Co-3d軌道に電子的なキャリアがドープされているというp-f混成モデルで説明した。また、光電子 分光から、La1-xPrxCoO3においてはPr-4fレベルがCo-3dレベルに非常に近く、重なっているという結果を得た。これはp-f混成モデルの有力な証拠といえる。

  • Coイオンによる帯磁率の温度依存性(χ(T))からスピン転移に伴うCoイオンの磁気モーメントを求め、2段階スピン転移モデル で解析した。エネルギーギャップのPrドープ量依存性をLa3+とPr3+のイオン半径の違いに寄る化学的圧力効果と考えて解析し、その圧力依存性を静水 圧下におけるスピン転移と比較し、良い一致を見ることができた。

(Y. Kobayashi et al. : J. Phys. Soc. Jpn. 75 (2006) 104703-104708., Y. Kobayashi et al. : J. Magn. & Magn. Mater. 272-276 (2004) 83-84.,  : T. Saitoh et al.: J. Magn. & Magn. Mater. 310 (2007) 981-983. 他)

 (4) LaCoO3のスピン・軌道ゆらぎとフォノン - 中性子散乱・超音波弾性定数

  • 中性子フォノン散乱実験の結果、2つの光学モード(Eg-O原子回転モードおよびEg-La原子振動モード)はスピン転移に伴いソフト化する一方、音響モードはソフト化しないことを明らかにした。これは格子の変位が中間スピンCo3+の出現と強く相関している証拠である。しかしながら、報告されているQ2-typeのヤーンテラー歪みは、我々が観測した光学フォノンモードのソフト化とは結合しない。

  • 超音波弾性定数測定の結果、100K付近に中間スピンCo3+の出現に伴うソフト化を観測した。中性子フォノン散乱実験の結果と合わせると、音響モードのソフト化はブリルアンゾーンのG点近傍のごく狭い領域で生じていることとなる。また、中間スピンが支配的な温度領域(T>~200K)では、弾性定数の大きな周波数分散を観測した。これをデバイモデルで解析した結果、108Hz程度のゆっくりした格子の緩和があることを見いだした。これは、中間スピンCo3+の軌道秩序のゆらぎを示唆する結果といえる。

(Y. Kobayashi et al. : Phys. Rev. B72 (2005) 174405-174411., Y. Kobayashi et al. : Physica B 378-380 (2006) 532-533. , Thant Sin Naing et al, : J. Phys. Soc. Jpn. 75 (2006) 84601-84608. 他)

   鉄混合原子価錯体の電荷移動相転移

 鉄混合原子価錯体(n-CmH2m+1)4N[FeIIFeIII(dto)3](dto=C2O2S2)は、m=3および4では、温度変化により一次の 電荷移動(CT)相転移を生じ、Feイオン間での電子の移動により高温相(FeIII - S2C2O2 - FeII)から低温相(FeII - S2C2O2 - FeIII)へ転移し、その過程でスピン状態も変化する。一方m=3,4以外ではCT相転移を生じず、全温度領域で高温相が安定である。私はこれらの系に おいて磁化の圧力効果を測定し、m=3,4ではCT相転移温度(TCT)は圧力にほぼ比例して増大することを明らかにした。また常圧ではCT相転移を生じ ないm=5においては、Pc~0.5GPa以上でCT相転移が出現し、P>PcでTCTは 圧力にほぼ比例して増大すること、すなわち一次の圧力誘起 CT相転移を発見した。また、これらの実験事実を現象論的モデルで解析することにより、CT相転移の機構は格子と強く結合していることを明らかにした。 (Y. Kobayashi et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 71 (2002) 3016-3020. 他)

   Fe3Si薄膜における電子輸送特性による構造評価

 Fe3Si はTc~800Kの強磁性体であり、Si化合物のため、Si基板上に製膜することにより、ナノマグネティック-エレクトロニックデバイスへの応用が期待されている物質である。しかしながらFe3Si 薄膜は製膜条件(製膜手法・基板など)により電気的性質が大きく異なっており、その起源に解明がデバイス化への大きな障壁となっていた。私は、Fe3Si 薄膜の、電気抵抗、ホール効果の測定を 用いて、電子顕微鏡やX線回折といった構造解析手法では分からないミクロスコピックな薄膜の構造を明らかにすることを試みた。その結果、製膜条件の異なる 4種類の薄膜の構造を、(1) コラム構造による強磁性トンネリング(絶縁体的)領域、(2) 中間的パーコレーション領域、(3) 多結晶金属領域、(4) エピタキシャル膜領域として決定することに成功した。(Y. Kobayashi et al. : J. Phys. D: Appl. Phys. 40 (2007) 6873-6878. 他)



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