はじめに

1965年, 英国の医師ヘリー・アンジェルマン(Harry Angelman)博士が,現在アンジェルマン症候群(AS)として知られるところとなった特徴的症状を示す3名の子供に関する記述を初めて行いました1.博士は,どの子供もこわばったぎくしゃくした歩き方をし,話をしないこと,笑いすぎること,そして痙攣をおこすことに気付きました.他にもいくつかの症例が報告されましたが2,8 ,この病態は極めて稀れなものと考えられ,多くの医師はその病気の存在さえ疑いました.北米での初めての報告は1980年代に入って間もなくで9-10,1980年代後半には多くの症例報告がなされました11,15 .アンジェルマン博士は,この症候群の発見に関して次のように述べています15


"医学の歴史には病気の発見に関する興味深い物語が満ちています.アンジェルマン症候群の発見譚もそのひとつです.30年近く前に全くの偶然から,英国の私の病院の小児病棟に3名の小児が別々に入院して来ました.彼らの障害は多岐にわたり,第一印象ではさまざまな病態を呈しているかに見えましたが,私は彼らの疾病には共通の原因があるのではないかと感じました.専門的調査でも(現在ではより正確に行われていますが),私には3人が同様の障害を有しているという医学的確証を得ることが出来なかったため,診断は純粋に臨床的に下されただけでした.このため,私は彼らに関して医学雑誌に発表することを躊躇していました.しかし,休暇でイタリアに滞在したおり,私は偶然にもベロナのカステルベッキオ美術館の一枚の油絵を目にしました...少年とあやつり人形.その少年の笑い顔と私の患者さん達のぎこちない動作が,これら3人の患児に関する報告をあやつり人形様小児として報告を書くアイデアを与えてくれました.この名は全ての両親を喜ばせるものではなく,3人の小さな患者さん達をひとつのグループとして統合するためのものです.後に名称はアンジェルマン症 候群と変わりました.この文献は1965年に出版されましたが,直後にいくらかの関心をひいただけで,1980年代前半までほとんど忘れ去られていました."

ASの頻度は,疫学的調査が発表されていないため,知られておりません.合衆国においては,アンジェルマン症候群基金は約600人の患者を確認していますので,この疾病は格段に稀れというわけではありません.ASは世界中の様々な人種で,その発生が報告されています.北米において把握されている症例の大部分はコーカサス人由来のものです.正確な頻度は分かっていませんが,15,000人から30,000人に1人と推定するのが妥当でしょう.

神経発達ならびに身体症状

アンジェルマン症候群には,通常,新生児期や乳児期には発達障害が著明でないため気付かれません.両親はASについて書かれた文章や実際の患児に出合って初めて,そうではないかとの疑いを持つのではないでしょうか.最も診断されることの多い年齢は,特徴的な行動や症状のはっきりしてくる3歳から7歳の間です.診断のための臨床区分を行うための,発達や身体的な症状をまとめた報告書が最近発表されています17.内容は下に掲げた通りです.診断するに際して必ずしも全ての症状が揃っている必要はなく,典型的な行動形態に気付かれた際に初めてその疑いを受けることが少なくありません.

発育歴と検査所見

妊娠中や出生直後に異常はなく,頭囲は正常範囲; 大きな先天的な奇形もない.

生後6ヶ月から12ヶ月までに発達の遅れが目立ってくる.

発達は遅れるが前向きに進んで行く(基本的能力の欠如はない).

代謝,血液,化学的臨床検査の値は正常.

核磁気共鳴(MRI)やコンピュータ断層撮影(CT)では,脳の構造には異常がない(軽度の皮質の委縮や脱髄の起こることはある).

臨床症状

必ずみられる症状 (100%)

発達の遅れ, 機能的には重度

言語障害, 発語は無いか有ってもわずか; 感受性は強く言語による交流より言語を用いない交流に優れる.

動作や平衡の異常, 通常は失調性歩行や四肢の振戦様運動がみられる.

特異な行動: すぐに笑ったり微笑んだりする; 見るからに嬉しそう; すぐに興奮する性格, しばしば手を羽ばたかせる; 動いてばかりいる; 集中力に欠ける.

多くみられる症状 (80%以上)

頭囲の増加の遅れまたは不均衡, 通常は小頭症(絶対的または相対的)を2歳までに来す.

痙攣, 通常3歳までに発症

脳波異常, 高振幅徐波が特徴的

ときにみられる症状 (20 - 80%)

斜視

皮膚や眼球の低色素

舌を突き出す; 吸啜や嚥下の異常

腱反射の亢進

乳児期の哺乳・摂食障害

歩行中に腕を持ち上げ曲げる

下顎の突出

熱に対する感覚過敏

大きな口,間隙の空いた歯

睡眠障害

頻回の流涎, 舌の呈出

水が大好きで引き付けられる

噛んだりもぐもぐする動作の過剰

後頭部扁平

Williams CA, Angelman H, Clayton-Smith J, Driscoll DJ, Hendrickson JE, Knoll JHM, Magenis RE, Schinzel A, Wagstaff J,Whidden EM, Zori RT. Angelman Syndrome: Consensus for diagnostic criteria. Am J Med Genet. l995;56:237.より改作

15番染色体

数十年の間,ASの染色体分析では15番染色体に極めて小さな欠失領域を見つけられたという進歩があった以外には,何の異常も見つかりませんでした.最新の分子生物学的手法ではASの患者さんの約70%に欠失を見いだすことが出来ます.欠失した箇所は極めて小さなものですが,分子のレベルでみれば実際かなり大きなものと言えます.それは,330万塩基対位と考えられており,いくつもの遺伝子が含まれるに充分な大きさです.

15番染色体の欠失領域にはどちらの親由来かによって活性化されたり不活性化される遺伝子が含まれていることが分かっています(即ち,母親から伝わった15番染色体では働くようにスイッチが入れられているかも知れないが,父親からのものでは働かないようにスイッチが切られている遺伝子がある).ASで見られる欠失が母親由来の15番染色体にのみ起きていることから,母親由来の染色体上でのみ遺伝子のスイッチが入っているのではないかと信じられています.ASの原因となる遺伝子はまだ単離されていませんが,発見も時間の問題でしょう.父親由来の15番染色体上で活性化されている遺伝子の崩壊は,プラダー・ウィリー症候群(PWS)と名付けられた別の精神発達遅滞の原因となることが現在,分かっています.PWS遺伝子は,実際,AS遺伝子に隣接していますが,別個の遺伝子です.下図に欠損部位を含めた15番染色体の模式図を示します.

15番染色体 15q11-13 に存在する遺伝子群

染色体欠失の発見以降,他のASを引き起こす稀な原因が明らかとなっています.それは,患児が15番染色体がいずれも父親由来のものであった場合です.この場合,欠失はありませんが,児は「スイッチの切られている」父親由来の15番染色体しか持っていないため,活性化したAS遺伝子は結局,失われていることになります.

更に2人以上のASの患児を有するいくつかの家系がありますが,もしASの原因が偶然の欠失のみであるとしたら,いくつもの同じ偶然が同じ家系に起きることは統計学的には考えられないので,こういう家系はありえないことになります.こういった家系の多くでは,ASの患児は必ず父親由来の異なった15番染色体対ではなく,母親の同一の15番染色体を1対うけついでいることが知られており; 更に最近では,正常な母親から欠失を実際にうけついだ何人かのASの兄弟で,非常に小さな分子欠損が見つかっている.

これらの発見により,ASを来し得るいくつかの遺伝的原因の分類が現在なされている:

医学的・発達上の諸問題

痙攣

90%以上の症例が痙攣を有すると報告されています.しかし,医学的報告はより重症の症例に関してなされがちですので,数字は実際のものより高くなっている可能性があります.生後12ヶ月までに痙攣を起こすのは25%以下です.大部分は3歳以前に発作を起こしますが,年長児や10代の方の発症も稀れではありません13.発作型はいかなる形も有り得ます(例えば四肢の強直間代性発作や,短時間意識を失う欠神発作などです).そして複数の抗痙攣剤の使用が必要になる場合もあります.痙攣を起こしているかどうかが,患児では,四肢の振戦様の多動的運動や注意欠陥障害があるため,はっきり区別できないことがあります.典型的な脳波所見では想像以上の異常所見を示すため,実際には発作を起こしていないにもかかわらず,発作を起こしているかに見えることがあります.

どの薬剤が最適かに関しては意見の別れるところですが,良く使用されている薬剤というものはあります.軽度の運動性発作に使われる抗痙攣剤(バルプロ酸やクロナゼパムなど)の方が大発作などに使われるもの(ジフェニルヒダントインやフェノバルビタールなど)より多く処方されています.単一薬剤の投与が理想ですが,発作を抑制出来ないことがよくあります.発作をコントロール出来ない児にはケトン食の投与が行われて来ましたが,効果があるかは定かではありません.AS患児では,行動異常や注意欠陥障害のためや,発作が抑制されているにもかかわらず脳波異常が残存するために,過剰治療を受ける危険性があります.


歩行と動作異常

体幹と四肢の多動性には乳児期早期から気付かれ19,ぴくぴくしたり振戦様の運動は生後6ヶ月までに出現してきます.随意運動はしばしば不規則で,軽いぴくつきから粗大な非協調性運動に至るまで様々です.これにより,歩行・摂食・物をつかもうとすることが妨げられます.粗大運動の年齢別の到達点は遅れがちで,お座りが出来るのが12ヶ月以降,歩行は3-4歳まで遅れることがしばしばあります13,15

幼児期には軽症の患児ではほぼ正常の歩行が可能です.軽いつま先立ちの歩行や明らかな跳躍歩行が見られる程度です.これは前に寄りかかろうとする,あるいは傾く結果起きます.前傾の傾向は走っている場合に目立ち,加えて腕は上方に挙上されています.これらの子供達にとっては,平衡感覚や協調運動は大きな問題にはなりません.重症の患児では,非常にぎこちないロボットのような,あるいは非常に動揺性のがくがくした歩き方をします.彼らは上手に這うことは出来ますが,立位になると不安に「固まってしまった」ようになります.股を大きく開いて足は外向きにぴったりとつけます.腕を挙上し,肘を曲げ,手を後ろ向きにした姿勢がASの特徴的歩行を形作ります.子供達の中には運動失調や攣縮が強いため,運動機能が発達して不安定性を補える年齢に達するまで 歩けない者もいます; 約10%が歩行出来ないままです20. ASの診断がなされるようになる前は,歩行異常に対しては脳性麻痺という非特異的診断がしばしば下されてきました.歩行能力の改善には理学療法が有用ですが,矯正具や外科的が下肢の位置を整えるのに必要となる場合があります.

多動性

多動はASにおける最も典型的な行動でしょう.集中力に欠け動き回るとよく表現されます.ASの若年患児には全て何らかの多動を引き起こす要因があり15,男児にも女児にも同じ症状が出ます.乳児も歩きはじめたばかりの小児も絶え間なく動き続けます.ずっと自分の手やおもちゃを口に入れ,物から物へと動き回ります.止まらない動きは打撲や擦過傷を引き起こすことがあります. 年長児では,わしづかみ,奪い取り,かみつきなども見られ,多動性により増強されることがあります.持続的な一定の行動制限を行うことによりこれらの不要な行動を減少ないし削減することが出来ます.

注意力の集中は大変短く,AS小児は顔の表情や他の社会的な合図を送れないために,社交性は妨げられます.軽症例では,身振りや他の交流手段を学ぶには充分な集中力があります.これらの子供達に対しては,教育的・発達的な訓練の構成はより簡単であり,また一般的に効果もあります.若年の成人における観察では,多動性は加齢とともに減少します.何人かの小児ではメチルフェニデート(リタリン)などの薬剤の効果が期待されるにもかかわらず,大部分のAS小児は薬物療法を受けておりません.フェノチアジンなどの鎮静剤は,その有効性や副作用の点からお勧め出来ません.

笑いと多幸性

なぜ,ASにおいて笑いが頻繁に起きるのかは解っていません.正常な人間における笑いの機構すら,まだ良く分かっていないのです.MRIやCTスキャンを用いたAS患者の脳の研究では,笑い発作を来す可能性のあるような欠陥は認められませんでした.ヒステリー性哄笑てんかんという,笑いに関連するてんかん発作の一型がありますが,これはASで起きるものとは異なります.ASでの笑いは運動現象の表われです.すなわち,笑いや笑ったような顔のゆがみに伴って身体的にであれ精神的にであれその反応が増強されているのが大部分です.AS小児は,明らかに幸せさが優勢な感情の変化を体験します.

この独特な行動は,早いあるいは長く続く社交的微笑として14ヶ月頃に初めて気付かれることがあります.くすくす笑い,高笑い,微笑みの持続がほどなく現れ,正常の反応性の笑いも示しますが,くくっとしたり,ぺちゃくちゃ喋るのは遅れるか,余り見られなかったりします.遅れて,幼児の個性によりいくつかの種類の顔面や行動の表現が見られます.少数が本当に突発的あるいは伝染性の声を出す笑い方をしますが,ある研究では70%に「爆発的笑い」が出現するとされています15 .幸福そうに顔をゆがめたり幸せそうな性格はよく見られます.興奮性と多動性が個人的特性として目立つため,はっきりした幸福そうな傾向は一時的であるような稀れな例もあります.この場合,泣いたり,金切り声を上げたり,叫び声を上げたり,短い喉から出る声などの行動の方が目立ちます.

言葉と言語

話をするだけの充分な理解力があるように思えるAS小児もいますが,最高の能力を発揮しても,会話能力は発達しません.クレイトン・スミス(Clayton-Smith)20 は,1〜3語の単語を話すことの出来る数例を報告していますし,47例の調査で,バンティリクスら(Buntirix et al.)15 は 39%以上が4語以上を話したと報告しています.ただし,これらの単語が意味を理解して話されているかについては記述されていません! 片親性ダイソミーや非常に小さな染色体欠失のAS小児では,言語や認識の技能はより優れており,発音こそぎこちないですが,10〜20語を話す例もあります16

ASにおける発語障害は一種特有の進展をたどります.乳幼児では泣くことが少なく,くーくーとかばぁばぁいう頻度が減ります.「ママ」とかいったはっきりとした一つの単語は,10〜18ヶ月頃に認められますが,頻度は少なく,また象徴的な意味もなく出鱈目に使われます.2〜3歳までには,言語発達遅滞ははっきりして来ますが,AS小児が泣いたりあるいは他の言語的爆発を行うことも少なく,言語交流に乏しいことなどはまだはっきりしない場合もあります.3歳までには,能力のあるAS小児は,非言語性の言葉を使い始めます.ある者は体の一部を指し示したり,して欲しいことを簡単な身振りで示しますが,言いつけに従ったり,それを理解するのはずっと上手です.他方,特に重症の発作や過度の多動性を示す児では,視線を合わせるなどの交流の第一段階を達成するほどの集中力を得られません.AS小児の非言語性の言葉の能力はかなり程度の差があり,優れた者では絵を書いた交流用の板を用いるなどして,いくつかの記号言語を使うことが出来ます.

精神発達遅滞と発達検査

発達検査は注意力が集中出来なかったり,多動性や言語や運動の制御が出来ないために,当てになりません.このような状況では,検査結果は常に重度の機能障害となります.もっとやる気のある児では中等度の障害となり,少数が受動的社会能力の項目などの幾つかの範疇で軽度障害程度の結果を達成できます.私たちがASの異なる遺伝学的原因について研究したところ,片親性ダイソミーの患者では,大きな染色体欠失の児に比べて臨床症状の軽いことが分かりました18

ASの認識能力は発達検査で示された値よりも高いことが知られています.これが最も顕著なのが,言語理解と言葉を話すこととの間の不均衡さです.言語理解能力により,AS児は他の重症の精神発達遅滞から早くに区別することが出来ます.ASの若年成人は通常,社会的に熟達し,個人的な合図や相互関係に反応します.人々に関心を持つようになり,彼らは友情に応え,いろいろな形で感情を表わし,家族や友人との絆を深めます.彼らは団体行動に加わり,家庭の雑用をこなし,日々の生活の中での活動を行い,責任を果たします.他の人々と同様に,TVを見たり,スポーツをしたり,海水浴場に出かけたりといった娯楽の大部分を楽しみます.

しかしながら,発達経過には大きな巾がありますので,全てのAS患者が上記のような能力を有するわけではありません.一部は精神発達遅滞と注意欠陥障害という点では,より重症で,痙攣発作の抑制が困難であったり,失調症や運動障害が極めて著明な症例では多く見られます.幸い,大部分のAS小児にはこれらの深刻な問題がありませんが,より軽症の小児においても,小児期早期の注意欠陥障害や多動性は,将来は重症の機能障害になるに違いないとの印象をしばしば与えてしまいます.しかしながら,しっかりした自宅でのそして持続的な行動介護と行動刺激により,AS児はこれらの問題を克服し,発達が進行します.

低色素症

ASの原因が大きな染色体欠失の場合,皮膚と眼の色素低下がよく起きます.これは,色素遺伝子がAS遺伝子に隣接しているため,ともに欠損しているためです.この色素遺伝子はP蛋白と呼ばれる蛋白質を作りますが,これはメラニンの産生に重要な役割を果たしていると考えられています.メラニンは我々の皮膚の主たる色素分子です.ASの小児の一部では,この色素欠損が非常に高度になることがあり,白皮症の一型ではないかと疑われることもあります.片親性ダイソミーや染色体欠失が非常に小さい場合には,この遺伝子の欠損はなく,正常の皮膚と眼球の色素化が見られます.低色素症のAS小児は光線過敏性があるため,遮光幕を使用することが重要です.明らかに低色素のAS小児の全てにP遺伝子の欠損が見られるわけではなく,単に両親より比較的皮膚の色が薄いというだけかも知れません.

斜視と眼球色素欠損

AS患者の調査では,30〜60%に斜視がみられます.この症状は網膜色素は視神経路の正常発達に重要な役割を果たすため,眼球色素欠損の小児ではより頻度が高くなっています.AS小児での斜視の治療は他の小児におけるものと大差ありません.すなわち,眼科医により診察を受け,視機能障害の補正をしてもらい,必要なら眼帯や外眼筋の外科的調整を行います.AS小児では多動性のため,眼帯や眼鏡の装着は困難です.

中枢神経構造

ASの脳は構造上は,稀に異常が報告されているものの通常は正常です.異常がある場合のMRIやCTでの変化は,軽度の皮質の委縮(大脳皮質の厚みが若干薄くなる)や軽度の髄鞘化の減少(大脳の中心部の白質の量が若干減少する)です13,15.ASの脳の顕微鏡学的あるいは化学的研究もなされていますが,所見は非特異的であるか,大部分では意味のある結論が導き出せていません.

睡眠障害

ご両親たちの報告によりますと,ASでは睡眠時間が少なくて済んだり,就寝・起床の周期の異常が認められます.AS小児の睡眠障害は以前から報告されてきましたし,行動治療療法により改善の見られた就寝・起床周期異常のAS小児も一例研究されています.多くのご家族は睡眠を中断させる夜間の不眠に対して安全な閉鎖性の寝室を用意しています.もし不眠により家庭生活が極端に障害される場合には,抱水クロラールやジフェニルヒダントインなどの鎮静剤が有用なことがあります.しかし,大部分のAS幼小児は睡眠薬の投与を受けておらず,睡眠薬を使用している場合でも通常,長期間使用されることはありません.

摂食障害と口の運動

摂食障害の見られる頻度は高いですが,一般的にはあまり重度ではなく,通常,吸啜や嚥下の困難性として早期に気付かれます13,15,19 .舌の動きは舌の突出しと全般的な口の運動の不均衡により協調性のないものとなります.吸啜の開始と母乳の授乳の障害が見られ,哺乳瓶による授乳ではより早期に気付かれます.頻回の嘔吐はお乳の消化不良や胃食道逆流によるものと解釈されております.授乳障害は,医師により体重増加不良や発育不全として初めて気付かれることが多いです.稀れに,重度の胃食道逆流に対しては外科的手術が必要となることがあります.

AS小児は何でも口の中に入れてしまうことで有名です.乳児期には手を吸うことが(そして,時に足を吸うこともあります)多いようです.後に,口を動かしたり,噛むことが多く見られるようになります.舌の形状や大きさは正常ですが,30〜50%においては,恒常的な舌の呈出が特徴的です.何人かは,他が笑っている最中だけ舌の呈出が目立つのに対し,舌を出したまま涎を流します.何人かの舌を呈出する小児では,小児期後期にはそれ以外の問題がないままで過ぎることもあります(一部は,口の運動療法により改善します).舌の呈出行動の見られる通常のAS小児では,この問題は小児期を通じて持続し,しばしば成人期にまで及びます.流涎は持続的な問題としては高頻度で,よだれ掛けが必要となることが多くあります.スコポラミンなどの薬剤を使用して唾液の産生を抑制しても,通常,必要なほどの長期効果は得られません.

身体発育

新生児は体格良好ですが,12ヶ月までに何名かは頭蓋の成長の低下が見られ,比較的あるいは絶対的な小頭症(絶対的小頭症とは頭囲が2.3パーセンタイル以下の場合)を来すことがある.絶対的小頭症の頻度は,88%13から 34%12 で,染色体欠失の無い例も含めると 25%以下と考えられる11.しかし,大部分のAS患者の頭囲は,3歳時には25パーセンタイル以下であり, しばしっば後頭部扁平を伴います.平均身長は正常児の平均よりは低いですが,大部分のAS小児は正常範囲にあります.成人の最終身長は,8名の成人ASの測定結果では,4フィート9インチから5フィート10インチです.家族的要因も関係するため,背の高い両親から生まれたAS小児は平均的AS小児より身長が高い傾向にあります.乳児期の体重増加は摂食障害により不良ですが,幼児期早期までには,AS小児は正常に近い皮下脂肪を持つようになります.肥満症は稀れですが,小児期後期までには体重の増加速度の上昇が起こることがあります20

教育

ASの重度の精神発達遅滞に対しては,さまざまな早期療育や豊富なプログラムが用意されています.不安定な歩行困難な小児では,理学療法が有効です.作業療法は微細な運動や口の運動制御を改善するのに役立ちます.特殊な姿勢保持用の椅子や装置が,特に筋力低下のある小児や運動失調が高度な小児などさまざまな場合に用いられます.言語・交流療法は必須で,特に非言語的交流法を中心に行われなければなりません.絵を書いたカードや交流用の板などを用いて交流手段を増加させることをなるべく早い適当な時期に開始すべきです.

極めて活動性が高く多動のAS小児では,学級での特別の準備が必要とされますし,教師の補助や介助が小児を教室内に集中させるために必要となるかも知れません.注意欠陥障害や多動性のある小児では,彼ら自身を表現し,彼らの多動的な行動に「打ち勝つ」ための部屋が必要となります.学級の設営にあたっては,物理的なデザインやカリキュラムなど,活動的なAS小児が調和出来るよう,あるいは学校環境に適応出来るように,きちんと設計しておかなければならない.学校や家庭において行動の調節を持続的に行うことにより,AS小児にトイレ訓練(計画的訓練)を行うことも出来ますし,自分で行わなくてはならない食事や着衣などの多くの能力や家庭における一般的行動を行うことが出来るようになります.

若年期

思春期では,性徴の発現は1〜3年遅れますが,性的成熟は正常な二次性徴の発達に伴って起きます.この時期に体重増加が著明となることがありますが,明らかな肥満は稀れです.若年AS成人は,学習を続けますし,精神能力の著明な悪化は報告されていません.ASの精神状態は明らかに良好です.多くの例では,抗痙攣剤の使用は,思春期早期か成人期に中止することが出来ます10,15.重度の失調を持つAS患者では,歩行訓練を行わないと歩行能力が失われてしまいます.思春期に側彎が進行することもあり,特に歩行不能な患者では問題となります.側彎は進行を阻止するため早期の矯正を行って治療しますが,重症の症例では外科的矯正や安定化が必要となることがあります.寿命の明らかな短縮は見られませんし,私たちは58歳のASの御婦人をはじめ多くの30〜40代の患者さんを知っています.

ASの臨床検査

ASの疑いのある小児には,まず高精度の染色体分析を行い,他の染色体異常がないかを確認しておくのが普通です.なぜなら,精神発達遅滞や小頭症,痙攣発作といった症状は,他の染色体異常症でも見られることがあるからです.染色体分析と同時に蛍光インサイチューハイブリダイゼーション (fluorescent in situ hybridization : FISH) も同時に行うのが普通です.これは新しく開発された検査で,15番染色体の欠失を分子的な印を使って検出するものです.この印を直接染色体に加え,特別な色素を加えた後で顕微鏡を使用して調べます.FISH検査は通常の染色体検査よりはるかに優れたものです.いくつかの検査施設では,「DNAメチル化」検査と呼ばれる検査が,染色体検査やFISH検査と共に使われ始めています.このメチル化検査では大きな染色体欠失のみならず,FISH検査では認識されないような小さな欠失を検出することが出来ます.加えて,メチル化検査は,片親性ダイソミーの可能性のある患者を実験的に検出するのに用いることが出来る可能性があります.片親性ダイソミーの確認には,他の分子生物学的検査をすることが必要です(通常,両親の血液分析が必要になります).AS患者の約70〜80%はこれらの検査の組み合わせで診断できるでしょうが,正常な遺伝子検査結果である患者もいます.

遺伝カウンセリング

ASの約75%が大きないろいろな場所の染色体欠失か片親性ダイソミーによって起きます.我々の知る限りでは,これらの集団での再発危険率は報告されていませんが,経験的危険率は欠失陽性例では1〜5%未満と最近,推定されていますしかし,大きな欠失は,本人は正常でも組換えられた染色体(均衡型染色体転座)を有する母親に由来する場合があり,これらの症例では危険率が増加します.初期より気付かれていた通り,ASの患者の少数は保因者の母親からの遺伝です.これらの保因者の母親から生まれる子供は,理論上30%の確率でASとなります.

遺伝子解析の結果が正常なASの患者さんの場合,再発危険率の推定は非常に困難です.この群では家族内での患者発生が見られますので,この群は大きな染色体欠失を伴う群に比べてASの再発危険率が高いのは明確です.この群での原因がはっきりするまで,遺伝カウンセリングにおいては,理論上50%以上の再発危険率を有する(もし未知のAS原因変異が母親から伝達されると仮定した場合ですが)可能性がある点に注意が必要です.

出生前診断は大きな遺伝子欠失や片親性ダイソミーを検出する目的では可能ですが,このような患児のいる家系では,再発危険率は極めて低いです.出生前診断は,小さな欠失の伝達を受けている例の一部でも可能です.羊水診断による通常の染色体分析では,15番染色体上の小さな異常を検出することは出来ないことに注意すべきです.超音波エコーによる診断では,ASの胎児には形態的には正常なため,AS関連の身体所見を検出することは出来ません.羊水の量やαフェト蛋白(alpha-feto-protein) 値も正常範囲です.

再発危険率の評価は極めて複雑なため,ASに関して詳しい専門家に遺伝相談を依頼するようお勧め致します.

謝辞

アンジェルマン症候群基金(The Angelman Syndrome Foundation)は,Raymond C. Philipsの部署のこの計画に対する支援に対し謝意を表します.また,基金はここに掲げた情報の提供をしてくださったご家族の皆様と,この文書の編集を援助して下さったアンジェルマン症候群基金の理事会の皆様に感謝致します.

参考文献

  1. Angelman, H. "Puppet" children: A report on three cases. Dev Med Child Neurol. l965;7:681-688.
  2. Bower BD, Jeavons PM. The "happy puppet" syndrome. Arch Dis Child. 1967;42:298-302.
  3. Berg, JM and Pakula, Z. Angelman's ("happy puppet") syndrome. Am J Dis Child. 1972; 123:72-74.
  4. Berggreen, 5. "Happy puppet" syndrome. Ugeskr Laeger. 1972; 134:1174.
  5. Kibel MA, Burness FR, The "happy puppet" synd~ome. Centr Afr J Med. 1973; 19:91-93.
  6. Mayo 0, Nelson MM, Townsend, HRA. Three more "happy puppets". Dev Med Child Neural. 1973;1S:63-74.
  7. Moore JR, Jeavons PM. The "happy puppet" syndrome: Two new cases and a review of five previous cases. Neuropdediatrie. 1973;4: 172-179.
  8. Elian M. Fourteen happy puppets. Clin Pediatr. 1975; 14:902-908.
  9. Pashayan H, Singer W, Dove C, Eisenberg E, Seto B. The Angelman syndrome in two brothers. Am J Med Gene:. 1982;13:295-298.
  10. Williams CA, Frias IL. The Angelman ("happy puppet") syndrome. Am J Med Gene:. 1982; 11:543460.
  11. Clayton-Smith I and Pembrey ME. Angelman syndrome. J Med Gene:. l992;29(6):412-415.
  12. Saitoh, 5., Harada, N., linno, Y., et al. Molecular and clinical study of 61 Angelman syndrome patients. Am J Med Gene:. 1994;52: 158-163.
  13. Zori RT, Hendrickson I, Woolven 5, Whidden EM, Gray B, Williams CA. Angelman syndrome: clinical profile. J Child Neuro. 1992;7(3):279-280.
  14. Chan CTJ, Clayton-Smith I, Cheng XI, et al. Molecular mechanisms in Angelman syndrome: a survey of 93 patients. J Med Gene:. 1993;30:895-902.
  15. Buntin:: IM, Ilunnekam RCM, Brouwer OF, Stroink H, Beuten J, Mangelsehots K, Fryns IP. Clinical profile of Angelman syndrome at different ages. Am J Med Gene:. 1995;56: 176-183.
  16. Angelman H (1991): personal correspondence
  17. Williams CA, Angelman H, Clayton-Smith I, Driscoll DI, Hendrickson JIB, Knoll JHM, Magenis RE, Schinzel A, Wagstaff I, Whidden EM, zori RT. Angelman syndrome: Consensus for diagnostic criteria. Am J Med Gene:. 1995;56:237-238.
  18. Bottani A, Robinson 'VP, DeLozier-Blanchet CD, et al. Angelman syndrome due to paternal uniparental disomy of chromosome 15: A milder phenotype? Am J Med Gene:. 1994;S1:3540.
  19. Fryburg IS, Breg WR, Lindgren V. Diagnosis of Angelman Syndrome in infants. Am J Med Gene:. 1991;38:58-64.
  20. Clayton-Smith, I. Clinical research on Angel man syndrome in the United Kingdom: observations on 82 affected individuals. Am J Med Gene:. l993;46(1): 12-15.