プラダー・ウィリー症候群
( Prader-Willi syndrome )


プラダー・ウィリー症候群(PWS)は1956年に,Prader,Labhart,Williによって初めて医学文献に報告された病気です.肥満,低い身長,生後間もなくの筋肉の力の低下などのいくつかの共通の症状がみられるため,症候群という呼び方がされています.発生率(正確には罹病率と言います)は極めて低く,約16,000人にひとりと推定されています.生まれつきの病気ですが,遺伝することはほとんどありません.男女いずれもがかかりますが,症状の診断が比較的しやすいため,実際には男性の患者さんの方が,やや多めです.

原因:
未だにはっきりしていない点が少なくありません.
約70%の患者さんでは,父親から受け継いだ15番染色体のq11とq13の間の遺伝子が欠けていたり,突然変異を起こしたりしています.残りの約30%の患者さんでは,父親からは15番染色体を受け継いでおらず,代わりに母親から2本の15番染色体の成分を受け継いでいる「片親性ダイソミー(片親から2本の染色体を受け継いでいるという意味)」の状態です.この他にも,いくつかの原因(15番染色体に関連する転座や逆位と呼ばれる染色体異常)が知られています.

遺伝性:
次の子が同じ病気である確率(再発危険率と呼びます)は極めて低く,0.1%以下と考えられます(実際には,1,595家族の内,1人でした).

診断:
PWSを小児期に診断することは容易ではありません.
お母さんのおなかの中では,胎児の動きが少なくなります.新生児では,筋肉の力が弱く,活気がなく,性器は小さめです.大人での診断は典型的な症状があれば確実に行えます.大人の症状は,低い身長,小さな手足,中枢神経系の働きの異常,性の成熟の遅れ,太い筋肉の力の低下などです.専門家のための診断基準も提案されております(V.A.Holm, et al. Pediatrics 91: 398-402, 1993. 1993年にワシントン大学小児科のホルム先生をはじめとする全米7施設の先生方がまとめた,今でも診断の標準となっている論文です.このページもこの論文を多くの点で参考にしています).


症状と対処法:

1.筋力の低下による哺乳困難:

新生児期から乳児期かけて,筋肉の緊張が低下して全身の筋肉の力が弱くなります.原因は筋肉の緊張を調節する脳の神経の異常ではないかと考えられています.ミルクが上手く飲めず,すぐ疲れてしまうため,なかなか体重が増えません.場合によっては,鼻から胃や十二指腸に細い管を入れて栄養を行わなければならなくなります.また,唾や痰をうまく出すことが出来ないため,感染を起こしやすく,抗生物質を使わなければならなくなる場合もあります.幸い,この筋肉の力の極端な弱さは一時的なもので,1歳前後から徐々に改善して行きます.

2.精神・神経・運動の発達の遅れ:
筋肉の力が弱いため,乳児期から2歳頃にかけての運動の発達が遅れます.おすわり,ハイハイ,ひとり歩きなどが遅れます.首がすわるのは通常9カ月前後,ひとり歩きが出来るのは通常3歳前後です.徐々に筋肉の力は改善して行くのですが,今度は肥満の影響が出てきて,運動能力は同年齢の正常児に比べると劣ってしまいます.筋肉の力の弱さに加えて,その協調もうまくとれないため,跳んだり走ったりすることによって関節を痛めてしまうことがあります.骨がもろく(骨粗鬆症),筋肉の束が細いため,骨折を起こす頻度もやや高くなります.静かな運動や水泳,歩くなどの適度な運動をするようにし,学童では体操もこれに準じて激しいものは避けるべきでしょう.
ほかにも種々の程度の神経や精神の発達の遅れが見られます.知能の遅れは余り重くなく中等度から軽度で,正常な場合もあります.知能指数(IQ)は40〜105で,平均は70との報告がありますが,多くは50前後との報告もあります(正常の平均は100).抽象的なことを考えることは苦手のようです.食べ物を探す知恵には優れたところを示すことがあります.
15%〜20%にけいれんが見られますが,この場合には専門医による治療が必要となります.

3.言語の発達の障害:
言語の発達の障害が多くに見られます.精神発達の遅れも関連しているのでしょうが,発声を行うための筋肉の力の弱さや,唾液の量が少ないことなども関係しているのかも知れません.言葉を話す能力の発達は遅れますが,言葉を理解する能力の発達はそれほど悪くないことがあります.このため,上手く意思を伝えられずに欲求不満をおこすことがあります.これを解消するには言語療法が役に立ちます.

4.食欲亢進と肥満:
1歳以降,多くは3〜4歳頃から,食欲を抑えることが出来なくなり,筋肉の力も出てくるため,急に食べるようになりますが,今度は食べ過ぎになります.また,PWSでは,安静時の代謝率が低くなっているため,同じ栄養をとっても,消費されるエネルギーは少なくなっています.このため,食事を制限しないと95%が急速に肥満を来します.この肥満は手足に比べて体の中心部に目立つため,手足はやや小さく見えますし,身長も低目です.
自分で気をつけている患者さんでも,食べ物に対する飽くなき欲求はずっと存続します.隠れ食いや盗み食いも少なくありませんので,食べ物は鍵のかかる場所に保管しなければなりません.また,無用に食欲を刺激するような言動や行動は慎むべきです.本人だけにまかせず,周囲の人間も協力して食事管理をしてあげることが大切です.稀れですが,一旦食べた食べ物を一旦吐きもどして,再び食べる「反芻(はんすう)」の行為が見られることがあります.
今は,肥満に至る前の段階でPWSの診断が下されることが多くなって来たため,早めに食事療法などを行って体重を管理出来るようになりました.食事療法は必ず,専門家の指導のもとに行って下さい.栄養学的に問題のない厳しくカロリー制限をした治療食を小児期早期からはじめることが必須です.PWSでは,カロリーの消費量は少なくなるため,摂取する食事のカロリー量も少な目で大丈夫です.
決められた時間に規則正しく食事を行う生活習慣を作り上げることも大切です.また,適度な運動・活動を行う「運動療法」も体重の調整には不可欠です.
薬物療法としては,食欲を失わせる薬物(食欲抑制剤)や精神神経薬などが用いられますが,多くの例では余り食欲を制御するのには役に立っていません.薬物治療を不必要に継続することは余りお勧め出来ません.しろうと考えは危険ですので,専門家にご相談下さい.いくつかの薬では,通常量の服用でも効果が出過ぎることが分かっています.
欧米では,腸の長さを実質上短くしてしまったり,胃を縫い縮めて小さくしてしまうような外科的手術も行われていますが,長期的な効果はなかなか得られていません.

5.肥満による糖尿病,動脈硬化,呼吸困難:
肥満が持続すると,血液の中の糖分を調節する機能がにぶくなり(耐糖能異常),10%前後がやがては成人型の糖尿病(インスリン非依存型という,インスリン注射が効かないタイプ)になります.この糖尿病は,体重を減量したり食事療法や運動療法を行うことにより良くなります.
血液中の脂肪分が多い(高脂血症)ために,全身の血管の壁に脂肪がたまって細くもろくなる動脈硬化が起きやすくなります.脳の血管で起きれば脳梗塞や脳出血の原因に,心臓の血管で起きれば心筋梗塞や狭心症の原因となります.
また,極度の肥満で,鼻から気管にかけての空気の通り道(気道)が圧迫・閉塞されたり,呼吸に用いる筋肉の働きが悪くなるため,充分な呼吸が出来ない「低換気症候群(Pickwick症候群とも呼びます)」を起こします.睡眠時にも気道はせまいため,いびきが大きく,定期的に気道が閉じてしまうために呼吸できなくなり,苦しくて浅い睡眠しかとれません.睡眠障害が強いため,昼間は居眠りをしてしまいます.充分な酸素がとれないため,動脈硬化ともども心臓や肺の機能を悪くしてしまいます.この症候群は,呼吸をつかさどる中枢神経の異常も関係しているようで,正常な体重のPWSの患者さんにも見られます.
これら3つの合併症は,いずれも,PWSの主要な死因となりますが,体重を減らして肥満を改善することにより症状を緩和することが出来ます.

6.性腺の機能低下:
性腺を刺激する脳からのホルモンの量が少なくなるため,卵巣や睾丸などの性腺の働きが悪くなり,性の発達が遅れます.男性では陰嚢(いんのう)が小さかったり,睾丸が陰嚢の中にうまく降りてこないで,お腹の中にあったりします(停留睾丸または潜伏睾丸といい9割前後に見られます)し,女性では小陰唇やクリトリスが小さかったりします.思春期の16歳を過ぎても,女性・男性に特有な性徴がなかなか見られず,男性ではヒゲが生えて来なかったり,声変わりをしない,女性では月経が来なかったり,その回数が少なかったりするなどの性の発達の遅れが見られます.
停留睾丸は,余り放置しておくとまれに悪性化することが知られていますので,小児外科の医師と相談の上,早期に手術を行います.また,性腺の機能不全に対して,女性ではクロミフェン,男性ではテストステロンなどのホルモン薬を投与する治療が有効であったとの報告があります.
男性では鼠径(そけい)ヘルニア(股の付け根から腸などが皮膚の下や陰嚢の中に一部出てしまうもの)もよく見られる症状のひとつです.
子供を作れるという報告は,残念ながら男女いずれでもまだなされていません.

7.軽度の顔の奇形と歯の問題:
幼児期には顔の巾が狭いのに比べて,頭が前後に長めです.額の前の部分が狭く,目はアーモンドのような形で,上の唇が薄く,口が小さく見えます.口の両端が下がっているのも特徴的です.
斜視や近視の見られることもあります.
歯の問題も多く,歯がはえるのが遅い,歯のエナメル質が柔らかく虫歯になりやすいなどの異常が6割近くに認められます.唾液の量は少なく,濃くねばねばしており,口の中を清潔にしておくのが困難です.歯ぎしりも時に認めます.
歯の矯正にあたっては,骨の成長が遅れ気味なことや,思春期の起き方が通常と異なることなどを考慮に入れなければなりません.

8.行動の問題:
PWSでは,複雑な中枢神経系にいろいろな原因による障害があるため,かんしゃく持ち,乱暴な感情の爆発がある,被害妄想的であるなどの行動の問題が生じます.通常,一番楽しいはずの就学前の時期からこの傾向は現われて,年齢とともに程度が強くなります.自傷行為,論争好き,頑固,所有欲が強いなどのほか,ごまかす,盗癖,嘘をつく,落ち込みやすいなどの問題行動が見られることがあるとされています.中には,うつ病や精神疾患を伴うことがあることも報告されています.
欧米の報告には,「感情を爆発させている場合には,その問題について話し合おうとすればするほど混乱の度を深めるので,まずその行為を止めさせて,少し間をおいてから,行為を止めたことに対して報酬を与えるなどの対処が効果的である」と書かれています.
薬物を問題行動の程度を軽くする目的で用いることもありますが,通常は有効なのは短期間だけです.代謝の能力が不足気味ですので,通常の使用量でも薬剤が効き過ぎることもありますので,注意が必要です.フルオキシチンというセロトニン吸収阻害剤がいくつかの症例で通常量あるいは少量の投与で有効であったとの報告もあります.

9.成長の障害:
欧米の報告では,思春期以降,90%という高頻度で低身長が認められるとされています.しかし,日本の患者さんでは身長の低くなる頻度は30〜50%です.
骨の成長も悪くなるため,手足が小さめになったり,指が先細りになったり,場合によっては背骨が曲がってしまう「側彎症(早くから起こることが多いのですが,肥満のため余り目立たないことがあります)」になります.
側彎症に対しては,ある程度,定期的に検査を行って,必要ならコルセットを付けたり,程度の重い場合には手術が必要となることもあります.
この低身長は,おそらく成長ホルモンが部分的に不足しているため起こるのではないかと考えられています.事実,成長ホルモンが効果的な症例もあり,脂肪以外の体の容積を増加させる作用があり,その結果,体重を減少させる効果も見られます.

10.痛みに鈍感,体温の調節障害,皮膚の障害,色素の異常:
痛みに対して鈍感になっているため,けがや病気がこじれてしまうことがあります.感染を起こしても,訴えはじめる頃には重症化してしまっていることが少なくありません.
また,約2/3のPWSの患者さんでは,吐くことが上手く出来ません.その一方で,クズに近いようなものまでほとんど何でも口にしますので,注意が必要です.吐かせるために催吐剤を用いると,無効であることが少なくないばかりか,問題をこじらせてしまうことがあります.
原因不明の高体温や低体温が認められることもあります.体温に応じて,周囲の温度調整をしてあげることも必要になります.
皮膚を掻破する(かきむしる)ことがよくあります.このため,引っ掻き傷がたえず,痛みに鈍感なため,出来かけの「かさぶた」ははがされ,傷口はいじられてしまい,治るのに時間がかかるばかりでなく,感染を起こしてしまう場合もあります.傷がある場合には,根気強い治療が必要です.
髪の毛の色が茶色っぽかったり,皮膚の色が家族に比べてやや白い,網膜の色素が薄いなどの低色素症が見られることがあります.

予後:
PWSの寿命は,体重をきちんとコントロールして肥満に伴う合併症の発生を予防すれば,ほとんど正常の人々と変わりません.
ただ,肥満を防ぐ食事療法は,PSWという病気そのものが,過食という中枢神経症状を持っているために,肥満を防ぐ食事療法を理想通りに行うのは困難ですし,患者本人だけの努力では不可能です.家族や周囲の人間の協力が不可欠です.
また,食欲の異常の他にもさまざまな行動上の問題を抱える患者さんの管理を行わなくてはならない家族は大きなストレスを受けます.これらのご家族に対する早目の対応も,家庭生活の崩壊を防ぐ上で必要となって来ます.

参考文献一覧:

文責:
このページの内容に関する文責と著作権は,東京医科大学病院 小児科 沼部博直 にあります.
内容の引用は,営利目的を除いて御自由になさって下さって結構ですが,必ず事前に御連絡いただくこと,引用は上記の参考文献一覧を含めて全文に対して行うことの2点をお守り願います.
(c) Hironao NUMABE M.D., May 9th, 1997

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