狙ってつかむ 半田ビーズ  [朝日新聞/朝日アスパラクラブ 2010/09/14]

 大阪科学医療グループ・鍛冶信太朗

たんぱく質特定 病気解明に応用

直径わずか1万分の2ミリのプラスチック製のビーズがいま、たんぱく質研究の分野で注目を集めている。このビーズは狙ったたんぱく質だけを捕まえることができる優れもの。病気にかかわるたんぱく質の発見や新薬づくりなどに威力を発揮すると期待されている。

たんぱく質の正体を探る(画像)

東京工業大と東北大の研究グループが今年3月、サリドマイドの副作用にかかわっている体内のたんぱく質を発見したと
発表し、世界の研究者から大きな反響を呼んだ。サリドマイドは1950年代から60年代初め、睡眠薬として服用した妊婦が生んだ子どもに重い障害が出るという薬害を引き起こした。しかし、なぜ副作用が起きるのかは、この半世紀の間ずっと謎だった。

そのたんぱく質とは「セレブロン」。無数にあるヒトのたんぱく質の中からセレブロンをどうやって見つけたのか――。そこで活躍したのが、研究グループの半田宏・東工大生命理工学研究科教授(分子生物学)が開発した「機能性ナノ磁性微粒子」(FGビーズ)だった。海外の研究者からは「ハンダ(半田)ビーズ」と呼ばれている。

◇磁石で引き寄せる
半田ビーズは、微小なプラスチックの玉の中に鉄化合物がおにぎりの具のように入った構造になっている。たんぱく質を海の魚に例えれば、ビーズは釣りざおだ。ビーズの表面から「針」が出ていて、その先に薬物などの「エサ」を取り付ける。これを細胞をどろどろに溶かした液など、無数のたんぱく質が含まれた溶液につける。

すると、「エサ」とくっつくたんぱく質だけがビーズにつながる。ビーズの中には鉄化合物が入っているので磁石で引き寄せておいて、溶液を捨ててよく洗うと、ビーズと目的のたんぱく質だけが残る、という仕組みだ。サリドマイドを「エサ」にした実験で、半田ビーズにくっつき、洗った後に残ったのがセレブロンだった。

半田さんはもともと遺伝子の研究が専門。ところが、特定の遺伝子とくっつくたんぱく質を探すのにいい道具がなかったため、80年代から道具の開発も手がけてきた。

似たようなビーズ状の製品は以前からあった。しかし、ビーズの表面に無関係なたんぱく質が大量にくっついてしまい、結局きれいに分けることができなかった。

半田さんは百数十種類のプラスチックを試し、その結果、ポリGMAという材質がもっともいいことがわかった。磁石で引き寄せることができるように、中に鉄化合物を入れる工夫もした。

こうして、余計なたんぱく質などがくっつかない「究極のつるつる」は成功したが、ポリGMAだけで包むと強度が足りなかった。そこで、まず鉄化合物の結晶を固いプラスチックの材料と混ぜて反応させ、粒をつくる。その周りをポリGMAで覆うという方法で、ようやく現在の「半田ビーズ」の姿にたどりついた。

◇新薬づくりに威力
半田ビーズをつくっているのは精密機器メーカー「多摩川精機」(長野県飯田市)だ。実験100万回分がわずかビーズ500グラム。昨年1月から20ミリグラム(40回分)を4万〜14万円で発売している。それほど宣伝していないので、販売先はまだ多くないものの、大手製薬会社など国内外60の大学、研究施設が使っているという。「顧客の名前は企業秘密だが、世界の5本指に入るような製薬会社もあります」

京都大ウイルス研究所の増谷弘准教授は2年ほど前から、糖尿病や高脂血症に関係しているたんぱく質の研究に半田ビーズを使っている。薬物だけでなく、たんぱく質を「エサ」にして、それとくっつくたんぱく質を探すこともできるからだ。病気にかかわるたんぱく質は、臓器などによって働きかける相手のたんぱく質が違うらしいとわかってきたという。「微量な目的のたんぱく質だけがきれいに取れる」と半田ビーズの優秀さを認める。

東京大分子細胞生物学研究所の橋本祐一教授は、半田ビーズが活躍できるのは、ここ数年の分子生物学の技術の急速な進歩のおかげもあると指摘する。人間の約2万3千個の遺伝子がつくるはずのすべてのたんぱく質がデータベース化された。島津製作所の田中耕一さんが2002年にノーベル賞を受賞した「たんぱく質の重さを量る技術」で照合すれば、捕まえたたんぱく質がどれなのかすぐわかる。

「このビーズを使えば、アスピリンのようなありふれた薬でもこれまで知られていなかったたんぱく質との作用が見つかるかもしれない。薬効の仕組みも実は今までの説が間違っていたということもありうる」。半田さんは新たな発見を期待している。半田ビーズで体内のたんぱく質を芋づる式にたぐっていけば、病気の起きる仕組みや薬の効く仕組みも研究できる。半田ビーズの利用はまだ始まったばかりだ。

《筆者の鍛治信太郎から》

リウマチの治療によく使われるメトトレキサート(MTX)という抗がん剤があります。MTXは体内のある酵素に作用することが知られていました。酵素もたんぱく質です。そこで、半田ビーズの性能を宣伝するため、MTXをビーズのエサにしてその酵素だけがきれいに取れるかどうか試す実験がありました。目論見通り、その酵素が取れました。

しかし、MTXをビーズの釣り針につなげるとき、向きを変えてみると、今度は全く別のたんぱく質が釣れました。そのたんぱく質がMTXとくっつくことは新発見です。MTXは一つの物質で、その部分によって全く別な2種類のたんぱく質にくっついていたのです。

これと同じことがたんぱく質をエサにした場合も考えられます。たんぱく質も部分によってくっつく相手が違い、誰にくっつくかによって体内での役割も違ってきます。ビーズの針につける向きを変えることで別な相手が見つかるでしょう。ビーズでたんぱく質が働きかける複数の相手の正体を突き止めていけば、役割の一つ一つを確かめられるわけです。

実は、たんぱく質をつくる遺伝子の数は人間でも大腸菌の5倍ぐらいしかありません。ということは、複雑な生き物ほど同じたんぱく質が異なる多くの機能を果たしているはずです。これまでたんぱく質の役割を知るには、実験動物でそのたんぱく質をつくる遺伝子を働かなくさせてみる方法がありました。しかし、その方法だとそのたんぱく質がつくれないため、その持っている役割がすべて失われてしまい、一つ一つの機能を見ることができません。また、生きるのに必要な機能が含まれていた場合、動物が死んでしまう欠点もあります。ビーズなら個別の機能を別々に分けて探れるのです。