東京医科大学(学長:林由起子/東京都新宿区)分子病理学分野 黒田雅彦主任教授を中心とする研究チームは、アセロラを含む植物果汁から抽出したエクソソーム様小胞を用いた新たなドラッグデリバリーシステムを開発しました。この研究は日本学術振興会 科学研究費補助金並びに文部科学省 私立大学戦略的研究基盤形成支援事業の支援のもとで行われたもので、その研究成果は国際科学誌 Molecular Therapy - Methods & Clinical Development(オンライン版)に3月10日付けで掲載されました。今後この成果をもとに、AMED橋渡し研究拠点事業の支援を受けて、経口投与核酸医薬品の開発が行われます。
【本研究のポイント】
●アセロラ果汁からエクソソーム様小胞が低コストで安定的に供給可能であることを見出しました。
●siRNA、miRNAなどの核酸医薬をアセロラ由来小胞と混合させることにより、核酸分解酵素への耐性、および酸、アルカリ耐性が得られることを明らかにしました。
●核酸医薬とアセロラ由来小胞の混合物をマウスに経口投与し、標的臓器で核酸医薬を機能させることに成功しました。
●経口投与により、これまでより簡便で、新たな標的臓器に適応可能な核酸医薬開発への応用が期待されます。
【研究の背景】
核酸医薬は従来の低分子化合物や抗体医薬とは異なり、遺伝子発現の制御を標的にできることから注目を集めています。特に、昨年からのコロナ禍におけるCOVID-19のワクチン開発競争では、新規の創薬モダリティとしてmRNAワクチンを含む核酸医薬が世間に印象づけられることになりました。一方で、生体内での安定性や標的臓器への輸送などドラッグデリバリーの面でまだ課題が多く残っているものの、これらの解決を目的として分解酵素からの保護や標的臓器への特異性を上げるため化学修飾技術や、リポソーム製剤などのナノキャリアの開発が進んでいます。
近年、エクソソームを含む細胞外小胞(Extracellular Vesicles; EVs)の機能や特徴が明らかとなり、その性質を利用したドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System; DDS)が注目されています。生体内において天然に存在するシステムであることに加え、EVsに目的の核酸医薬を内包させることによって生体内の分解酵素からの保護や、小胞膜に存在する分子の特異性を利用したデリバリーシステムなど様々な応用方法が考えられます。
エクソソームに対する世の中の関心が高まる以前から、我々はエクソソームを核酸医薬DDSのキャリアーとして用いるための開発を進め、上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor; EGFR)に高い親和性を有するGE11ペプチドを膜状に発現した改変エクソソームを作製し、腫瘍抑制性のmiRNA(let-7)を内包して乳がんモデルマウスに投与し、この改変エクソソームが腫瘍抑制効果を有することを明らかにしました(Ohno SI et. al. Mol Ther. 2013)。このようにエクソソームを用いたDDSによる核酸治療の可能性も示すことができた一方で、臨床応用を目指すとエクソソームの供給には大量の培地を用いた細胞培養とその培養上清からのエクソソーム分画の収率に問題があることも浮き彫りになってきました。また、単離されEVsは細胞膜成分から構成されているがゆえに、凍結融解により分解されやすいことも明らかとなっており、医薬品としての供給・保存の面で懸念が残っていました。
そこで、低コストで安定的に多量生産可能なエクソソームの探索を目的とし、植物にもエクソソーム様小胞が存在し、動物細胞由来小胞と同様に細胞間相互作用に関与していることから、我々はDDSのキャリアーの候補として植物由来小胞に着目しました。数種類の果物を用いて試行錯誤した結果、キントラノオ科植物のアセロラ果実が安定供給可能であり、その果汁からエクソソーム様小胞も高い効率で回収可能であることを見出しました。さらに、凍結保存したアセロラ果実、果汁からも形態的には遜色のない小胞分画が抽出可能であり、本研究においてアセロラ果汁由来小胞を担体として新規ドラッグデリバリーシステム、特に経口投与による標的臓器への核酸医薬の送達について開発を行いました。
【本研究の概要】
本研究では、アセロラ果汁から抽出されたエクソソーム様小胞におけるDDSキャリアーとしての有用性を示すために、①アセロラ由来小胞と核酸医薬の複合体の形成法、②in vitro培養系を用いたアセロラ由来小胞―核酸医薬複合体の細胞への取り込み、③in vivoモデルマウスを用いたアセロラ由来小胞―核酸医薬複合体の経口投与における効果、について検討を行いました。
①アセロラ由来小胞(Acerola Exosome-Like Nanovesicles: AELNs)と核酸医薬の複合体の形成法の確立
動物細胞由来のエクソソームに任意の核酸を内包させる技術としては、エレクトロポレーション法やリポフェクション法などが試みられてきましたが、効率よくエクソソームを改変する手法はいまだに確立されていないのが現状です。我々の研究チームもエレクトロポレーションを含む数種類の方法でアセロラ由来小胞内に核酸の導入を試みましたが、結果的にAELNs(2.2×10^9 particles)と合成miRNA(hsa-miR-340)を一定濃度で混合して氷上で30分静置するだけで複合体を形成させることができました。さらに、AELNsと複合体を形成した核酸(合成miRNA)は下図に示す様にRNase、強酸(pH2)、強アルカリ(pH10)に耐性を示しました。
②in vitro培養系を用いたAELNs―核酸医薬複合体の細胞への取り込み
次に、氷上30分のインキュベートで形成させたAELNsと蛍光標識した合成miR-340の複合体を培養細胞に添加して、細胞内への取り込みを視覚的に確認しました。下図Eに示す様に取り込まれたmiRNAのシグナル(緑色)が細胞質内で観察されました。
また、取り込まれた合成miR-340が、細胞内で本来の機能を示しているか確認するためにmiR-340の標的遺伝子であるMMP2の発現をRT-PCRで確認した結果、下図Hに示す様にAELN―miR-340複合体を添加した細胞でMMP2の発現が低下しているのを明らかにしました。
③in vivoモデルマウスを用いたAELN―核酸医薬複合体の経口投与における効果
核酸の経口投与モデルとして、AELNsと核酸の複合体をマウスに経口投与して各組織への到達と薬理効果を検討しました。下図C,Dに示すようにルシフェラーゼを発現しているトランスジェニック(Tg)マウスを用いて、AELN―ルシフェラーゼsiRNA複合体を経口投与すると24時間後に全身のルシフェラーゼ活性が抑制されていました。
【研究成果の意義】
2018年に世界初のRNAi(siRNA)医薬patisiranが誕生し、脂質ナノ粒子に封入された送達キャリアーを搭載したはじめての核酸医薬としても注目されました。また、2016〜2018年はCpGオリゴを含む5つの核酸医薬が立て続けに上市されており、核酸医薬がコンスタントに実用化されるフェーズに到達したことが伺えます。いかに副作用なく効率的に標的へと届けることが可能な技術が必須であり、本研究で示したアセロラ小胞という天然物を担体として用いた核酸の経口投与法は、核酸医薬DDSにおけるブレイクスルーとなりえると考えられ、創薬期間が短く低コストであるメリットを活かした核酸医薬品の基盤への応用が期待できます。
【用語の解説】
注1) エクソソーム
細胞が分泌する脂質2重膜を有する細胞外小胞(Extracellular Vesicles:EVs)のうち、30から100ナノメーターのもの。DNAやRNA、タンパク質など様々な細胞内物質が内包された状態で様々な細胞から放出され、体液中を循環して細胞間の情報伝達において重要な役割を担っている。
注2) miRNA(microRNA)
遺伝子の転写制御にかかわる20-25塩基の一本差RNA。
【発表雑誌】
雑誌名:Molecular Therapy - Methods & Clinical Development
論文名:Acerola exosome-like nanovesicles to systemically deliver nucleic acid medicine via oral administration
DOI:https://doi.org/10.1016/j.omtm.2021.03.006
【参照URL】
https://www.cell.com/molecular-therapy-family/methods/fulltext/S2329-0501(21)00046-2
【主な競争的研究資金】
本研究は、文部科学省「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」プロジェクト番号S1511011の支援を受けています。
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