2021/10/18
研究活動 プレスリリース

【プレスリリース】東京医科大学微生物学分野の柴田岳彦准教授の研究チームが RSウイルス感染が喘息を増悪させるメカニズムを発見 ― ハイパーM2様マクロファージが高発現するMMP-12を 標的とした新規治療薬の開発へ ―

【概要】
 東京医科大学 (学長:林由起子/東京都新宿区) 微生物学分野 (主任教授:中村茂樹) に所属する柴田岳彦准教授 (研究開始当初の所属:国立感染症研究所免疫部 (部長: 高橋宜聖)) と牧野愛璃 (大学院生;東邦大学大学院理学研究科)を中心とする研究チームは、喘息マウスにrespiratory syncytial virus (RSウイルス)*1を感染させると、matrix metalloproteinase-12 (MMP-12)*2を多量に産生するM2様マクロファージ*3が現れ、好中球*4浸潤の促進を介して喘息が増悪することを発見しました。この成果は、ウイルス感染に伴う喘息の増悪やMMP-12に依存した好中球性喘息に対する新しい治療薬の開発につながることが期待されます。
 本研究成果は、2021年10月13日にiScience (Cell Press) にオンライン掲載されました。
 本研究は、日本学術振興会科学研究費 基盤研究C 「感冒に伴う気管支喘息の増悪機構の解明」(研究代表者 柴田岳彦)の一環として行われました。


【本研究成果のポイント】

  • RSウイルス感染は喘息を増悪させることがあるが、そのメカニズムは不明だった。

  • マウス喘息モデルにRSウイルスを感染させると、MMP-12産生と好中球浸潤が促進され、喘息が増悪した。

  • RSウイルス感染により誘導されるIFN-β*5が、MMP-12を多量に産生するM2様マクロファージ (ハイパーM2様マクロファージと命名) を誘導した。

  • MMP-12の阻害は、ウイルス感染に伴う喘息の増悪や好中球性喘息に対する新規治療法になることが期待される。


【研究の背景】
 呼吸器感染症をひき起こすRSウイルスは、ほぼ100%の乳幼児が2歳までに感染します。特に初めての感染時に細気管支炎や肺炎など重症化することがありますが、健康な成人であれば鼻かぜ程度で済むことがほとんどです。これに対して、乳児や高齢者がRSウイルスに感染すると、二次性細菌性肺炎が誘発されたり、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの呼吸器基礎疾患が増悪したりすることはあまり知られていません。これに関して本研究チームは昨年、RSウイルス感染に伴う二次性細菌性肺炎の発症機構のひとつを解明しました (Shibata et al. J Clin Invest. 2020)。一方、RSウイルス感染に伴う呼吸器基礎疾患の増悪機構は解明されていませんでした。そこで本研究では、RSウイルス感染に伴う喘息の増悪の免疫学的メカニズムを解明することを目的としました。

【本研究で得られた結果・知見】

本研究チームは、RSウイルス感染が喘息を増悪させる免疫学的メカニズムを発見しました (図1)。

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 喘息マウスにはM2様マクロファージが多く存在します。そこにRSウイルスが感染すると、上皮細胞などからIFN-βが誘導され、M2様マクロファージに作用します。結果、M2様マクロファージのIL-4Rαの発現が上昇し、Th2サイトカイン (IL-4やIL-13) からのシグナルが増大します。STAT6がさらに活性化され、多量のMMP-12が産生されます (ハイパーM2様マクロファージと命名)。MMP-12は上皮細胞に作用するとCXCL1*6を誘導します。また、IFN-βレベルを低下させることによりウイルス量を増やし、IL-17A*7の産生を促進します。CXCL1とIL-17Aレベルの上昇が好中球浸潤を促進し、気道抵抗 (AHR) のさらなる亢進、つまり喘息の増悪をもたらします。

 本研究ではまず、イエダニ抗原 (HDM) 誘導喘息モデルにRSウイルスを感染させることにより、マウス喘息 (アレルギー性気道炎症) 増悪モデルを作製しました。このモデルを用いて解析したところ、RSウイルス感染や喘息グループと比較して喘息増悪グループでは病態の指標となる気道抵抗 (AHR) の値、MMP-12レベル (図2A)、好中球数の顕著な上昇がみられました。そこで、MMP-12の増悪への関与を調べるために、野生型 (WT)とMMP-12ノックアウト (KO) マウスを用いて喘息増悪モデルを作製したところ、MMP-12 KOマウスではAHR (図2B) と気道への好中球浸潤 (図2C) が抑制されました。つまり、MMP-12は好中球浸潤と喘息の増悪を誘導することが分かりました。さらに、増悪グループで増加する好中球を枯渇したところ、AHRの上昇が抑制されたことから、好中球数の増加が喘息の増悪に関与していることが分かりました。

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(A) 喘息マウスにRSウイルスを感染させると、多量のMMP-12が産生されます。
(B) WTマウスではRSウイルスの感染により喘息が増悪 (AHRの上昇) しましたが、MMP-12 KO マウスではそのような増悪はみられませんでした。
(C) 同様に、WTの喘息マウスではRSウイルスの感染により好中球数が増加しましたが、MMP-12 KOマウスではそのような増加はみられませんでした。*P<0.05、**P<0.01。

 次に、喘息を増悪させるMMP-12の産生細胞の同定を試みました。すると、喘息グループに多く存在するM2様マクロファージがMMP-12を産生し、さらに喘息増悪グループに存在するM2様マクロファージは、より多量のMMP-12を産生することを見出しました (図3A)。そこで、増悪グループのM2様マクロファージが多量にMMP-12を産生するメカニズムの解明を試みました。インターロイキン(IL)-4やIL-13のようなTh2サイトカインは、M2様マクロファージとそのMMP-12産生を誘導します。in vitroの実験で、これらTh2サイトカイン*8は濃度依存的にマクロファージのMMP-12発現を上昇させましたが、ある濃度で頭打ちとなりました (図3B)。これに加えて、喘息と喘息増悪グループのTh2サイトカインレベルを比較すると両者に差がなかったことから、MMP-12レベルが増悪グループで上昇する原因は、Th2サイトカインそのもののレベルの上昇ではないことが予想されました。興味深いことに、その他グループと比較して喘息増悪グループのマクロファージはIL-4受容体 (IL-4Rα) を高発現していました。in vitroの実験で、マクロファージにIFN-βを加えるとIL-4Rαが高発現し、これまでと同じ濃度のTh2サイトカインを加えると、限界をむかえていたMMP-12レベルがさらに促進されることが分かりました (図3C)。以上の結果より、RSウイルス感染によって誘導されるIFN-βがM2様マクロファージのIL-4Rαの発現を上昇させ、Th2サイトカインに敏感に反応し、MMP-12を高発現することが示唆されました 。

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(A) 喘息マウスにRSウイルスを感染させると、肺のM2様マクロファージは多量のMMP-12を産生するようになります(赤線: ハイパーM2様マクロファージ)。
(B) Th2サイトカインの刺激は、M2様マクロファージを誘導するとともにMMP-12の発現を上昇させます。
(C) MMP-12発現は、IL-4/IL-13の濃度が10 ng/mlになると頭打ちになりますが、そこにIFN-βを加えると再び発現が上昇します。*P<0.05

 さらに、MMP-12による好中球浸潤促進メカニズムを検討しました。MMP-12は好中球走化性因子であるCXCL1やTh17細胞からのIL-17A産生を促進することが分かりました。上皮細胞にMMP-12が作用するとCXCL1が誘導され、また、MMP-12はIFN-β産生を阻害する (Marchant et al. Nat Med. 2014) ため、喘息増悪グループではウイルス量が増加し、結果としてIL-17A産生が誘導されることが分かりました。
 吸入ステロイドは喘息の治療に使用されますが、喘息増悪モデルにステロイドの一種であるデキサメタゾンを投与しても増悪の改善はみられませんでした。一方、MMP-12阻害剤 (MMP408) を投与すると好中球浸潤が抑制され、喘息の増悪が改善されました。

【今後の研究展開および波及効果】
 本研究チームの成果は、ウイルス感染に伴う喘息の増悪や好中球性喘息に対する新しい予防・治療法の開発につながることが期待されます。これを実現するためには、少なくとも今回の実験動物レベルでの発見がヒトにも適用するか、例えば喘息患者の増悪の前後でのMMP-12レベルについて検討することが必要です。また、MMP-12はCOPD患者においてレベルが上昇することが知られていますが、その産生機構はほとんど解明されていません。現在、本研究にて見出されたメカニズムがCOPDにおけるMMP-12産生にも関連するか検討中です。

(用語説明)
*1  RSウイルス
かぜの原因となるウイルスのひとつ。2歳までにほぼ100%の人が感染し、特に初めての感染で重症化しやすい。それ以降は、鼻かぜ程度の軽い症状で済むことが多い。ただし、大人でも喘息やCOPD患者は、感染に伴い病態が増悪することがある。

*2  matrix metalloproteinase-12 (MMP-12)
主にマクロファージから産生され、エラスチンなどの細胞外基質を分解する。また、I型インターフェロンの作用を阻害する。

*3  M2様マクロファージ
マクロファージは、細菌などの微生物やアポトーシス細胞を食べる (貪食) 細胞。その表現型や機能から大まかにM1マクロファージとM2マクロファージに分類される。M1マクロファージは、微生物感染に対して炎症応答を伴いながら防御的に働く。一方、M2マクロファージは、抗炎症反応を示し炎症の終息や組織修復などに関与するが、喘息などのアレルギーの原因にもなる。なお、試験管内 (in vitro) で誘導されたマクロファージはM1やM2マクロファージと呼ばれるが、実際に生体内に存在するマクロファージはこれらの表現型とは完全には一致しないため、表現型に限らず機能から分類し、M1やM2 "様" マクロファージと表記される。

*4  好中球
マクロファージとともに細菌の除去に重要な細胞。適切な数やタイミングで登場しないと、生体側も傷害を受け、過度の炎症が誘導されてしまう。

*5  IFN-β
I型インターフェロンのひとつ。ウイルス複製を阻害する遺伝子を活性化し、抗ウイルス作用を示す。

*6  CXCL1
keratinocyte-derived chemokines (KC) としても知られる。主に上皮細胞やマクロファージに発現し、好中球の組織への浸潤を誘導する。

*7  IL-17A
Th細胞のサブセットのひとつであるTh17細胞から産生されるサイトカイン。好中球の遊走や活性化を誘導する。

*8  Th2サイトカイン
ヘルパーT細胞(Th細胞)のサブセットのひとつであるTh2細胞が産生するサイトカインの総称。そのうちIL-4、IL-5、IL-13は喘息などのアレルギー疾患の原因として知られている。

【掲載誌名】
iScience

【DOI】
https://doi.org/10.1016/j.isci.2021.103201

【論文タイトル】
RSV infection-elicited high MMP-12-producing macrophages exacerbate allergic airway inflammation with neutrophil infiltration.

【著者】
Airi Makino, Takehiko Shibata*, Mashiro Nagayasu, Ikuo Hosoya, Toshiyo Nishimura, Chihiro Nakano, Kisaburo Nagata,
Toshihiro Ito, Yoshimasa Takahashi, Shigeki Nakamura. (*Corresponding author)

【主な競争的研究資金】
本研究は、日本学術振興会科学研究費 基盤研究C(研究代表者 柴田岳彦 19K08618)の一環として行われました。

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