領域代表あいさつ

新学術領域「ネオ・セルフ」を始動するにあたって

今年度より平成32年度までの5年間、新学術領域「ネオ・セルフの生成・機能・構造」を運営するにあたり、領域代表を務めさせていただきます徳島大学先端酵素学研究所の松本よりご挨拶を申し上げます。はじめに、新学術領域「ネオ・セルフ(略称)」を運営する機会に恵まれましたことに対しまして、関係者の皆様に心より厚くお礼を申し上げます。

本新学術領域は平成22-26年度に九州大学・笹月健彦教授が主催された「HLA進化と疾病」が母体となり発足しました。「HLA進化と疾病」における大きな課題の一つは、ヒトにおける臓器移植の成否を決める最大要因である主要組織適合複合体(Major histocompatibility complex:MHC)(ヒトではHuman leukocyte antigen(HLA)とも呼ばれます)という、主に白血球に発現され、個人ごとで多様性に富んだ分子の型が、なぜさまざまな病気へのかかり易さ(疾患感受性)と関連するのかという謎を解くことでした。HLAによる疾患感受性は自己免疫疾患で多くの例がみられますが、最近の大規模ゲノム解析によると、今のところ明らかに免疫異常が原因とは考えられていない統合失調症や、耐え難い眠気に襲われるナルコレプシーなどといった精神・神経疾患においてさえも、HLAが重要な遺伝要因であることが明らかになっています。MHCの免疫学的役割の重要性については、MHCに関する発見に対して既にいくつものノーベル賞が授与されていることからも分かります。しかしながら、なぜHLAの型が疾患感受性を決めるのかという理由については、未だに明らかになっておりません。

他方、T細胞やB細胞といった免疫担当細胞が発現する抗原受容体(レセプター)が、どのように抗原を認識しているかについても、まだ十分に解明されているとは言えない状況です。T細胞が抗原(ペプチド)を認識する際、抗原提示細胞が発現するMHCの溝にペプチドがはさまった状態でT細胞抗原受容体によって認識されることは分かっていますが、実際にその構造を見た研究はそれほど多くありません。特に自己免疫疾患で自分自身の身体の成分(自己抗原)を攻撃するT細胞がMHCと自己抗原の複合体をどのように認識しているかについては、それが外来抗原を認識する場合と同じような構造をとっているか否かは議論の的です。同じように、薬物アレルギーや金属アレルギーの場合のT細胞による抗原認識の仕組みも不明な点が多く残されています。

以上の問題は、MHCという謎の多い分子を軸に、免疫細胞がどのように抗原を認識するかという、もっとも基本的な問題を解くことによって解決されなければいけません。また、それによって免疫が関係する病気の原因を明らかにできる可能性があります。こうした点をふまえ、本領域では抗原提示細胞が発現する抗原を従来の「自己(セルフ)」および「非自己(ノン・セルフ)」の枠組みによって分類するのではなく、それに替わる新たな概念「新規自己(ネオ・セルフ)」を提案します。この新たな概念を適用することによって、これまで不明であったMHCと疾患感受性の謎、自己免疫疾患やアレルギーの原因などが明らかになってゆくプロセスをお示しすることが本領域における最大のミッションだと思います。そのためには免疫学研究者だけではなく、構造生物学、生化学、ゲノム科学、イメージング科学、インフォマティクスなど幅広い分野の研究者の英知を結集して問題解決に取り組みます。それにより、本新学術領域研究が免疫学における継続可能なサイエンス(sustainable science)の実践モデルとなるよう努力してゆきたいと思います。何卒、よろしくご支援・ご鞭撻をお願い申し上げます。

平成28年8月
徳島大学 先端酵素学研究所 免疫病態学分野
教授 松本 満